ジュディ・オングの飲茶のあとで 
朝日新聞土曜版 ウィークエンド経済 2002年1月26日掲載(第4回)

大人の責任 「悦人」しよう
大人の責任 「悦人」しよう

 悦己悦人。私が、いちばん大切にしている言葉です。自分が喜び、人も喜ぶ。男女の仲から、ビジネス、国際関係にまで通じる心構えです。
 「悦己」ばかりの人が気になります。とくに若…と言いたいところですが、責任の大半は、彼らを取り巻く環境と、それを用意した大人の側にあるのでしょう。
 例えばゲームソフト。敵を倒した時より、味方を救った時の得点を高くできないものでしょうか。抹殺しても生き返るリセット感覚が、命と人生を軽くしていませんか。
 最近のテレビには、人が苦しんだり怖がったりするのを楽しむ傾向があります。それから、メールのやりとりはマスカレード(仮装舞踏会)。仮面の力で少し大胆になれるけど、無責任にもなる。
 子供に好かれたいという意識が強すぎて、怒らない親が増えました。確かに、しかるのは難しいです。愛情がないと伝わらないから。
 母がよく言いました。「あなたが歩いてきた道より、私が渡った橋をつなげたほうが長い」。だから年長者の話は聞け、という台湾の言い回しです。私も、後輩に助言する時は必ず「あなたのために言うけど」と前置きします。そうして本気で怒る時ほど、机のたたき加減を計算するくらいの冷静さが必要です。
 親子や夫婦では甘えてしまうからこそ、友人の忠告が貴重なの。長い目で見れば、それも「悦人」ですね。

1月19日掲載・第3回 1月12日掲載・第2回 1月5日掲載・第1回

※朝日新聞夕刊2002年1月26日付ウイークエンド経済より
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