あっという間の3週間でした。

パールが天に召されて、3週間が過ぎました。
愛犬『パール』は2013年1月28日11:10に永眠しました。
あっと言う間に3週間です。 12年と8ヶ月の命でした。
生前多くの皆様に愛して頂きありがとうございました。
2007年12月26日移行上皮癌の手術を受けてから5年。
この種の癌は転移が早いと言われていたのですが、
正に奇蹟の5年でした。転移はほとんど無く、
それも本当に元気に毎日を過ごしてくれて、病気を感じさせない最後の5年でした。
良くここまで頑張ってくれたと思います。
彼女の病気にあたり沢山の力を下さった先生や皆様に心から感謝をします。



最後の3ヶ月、パールは私に『心の準備』の訓練をしてくれたんです。

home sweet home(退院後)
お迎えの光をもう感じていたの?

2012年10月30日午後、様子がおかしくなり、夜中に救急病院へ走ったのが『心の準備』の始まりです。
42度の熱が続き、それから上がっては下がりのジェット・コースターのような毎日でした。
理由は癌の転移ではなく腎臓の疾患。パンパンに張ってしまった腎臓は食欲を減退させ、体重は減る一方。
辛かったのは、どうしても行かなくてはならない地方の出張の朝。パールはふらつく足どりで玄関まで見送りに来たのです。 
このとき体重は7.4キロから6.2キロに減り、既に体力は全く無いはず。精一杯の力を絞っての見送りだったと思います。
彼女のその姿は「ママ、帰ってくるまで待てないかも知れないから、さようならをするね。」と言っているようで悲しかった。
耳を下げて、笑顔で頑張っても、無理をしているのか足がもつれて倒れてしまいました。
こんなパールを残して出かけるなんて・・・。心を鬼にして家を出ましたが、そのいじらしい姿が目に焼き付いて、涙が止まりませんでした。
飛行機の中ではひたすら「観世音菩薩様、お願いです。まだパールとの時間をもう少し下さい。」と強く念ずるばかり。
思い叶ってか、夜、看護をお願いしていた方から映像が届き、徐々に食べて、落ち着いているというメールが入りました。
ああ〜感謝です。「観世音菩薩様ありがとうございます。皆さんありがとうございます。本当にありがとうございます。帰るまで頑張ってね、パール。」
仕事を終えて、フライト繰り上げ帰宅すると、ビックリしたことにパールが歩いて迎えに来てくれたんです!
これが、パールから私への『心の準備運動』の始まりでした。

ちゃんと、2ヶ月頑張ってくれたおかげで、一緒にお正月を迎え、増上寺へ行き、手を合わせ、境内でお芋を食べ、何と良い思い出でしょう。
この時、お釈迦様に「パールとの時間をください。私はパールの為に何が出来るのでしょうか?」お尋ねしたら、遠くでメッセージが聞こえたよう気がしました。『Be happy. Then your life will be happy.』(幸せを感じなさい。そうすれば、あなたの人生は幸せになるでしょう。)私は初め、この意味が分かりませんでした。「自分は何時も幸せと感じているつもりなのに、なぜ?」。いま思えば、その答えは『今パールと一緒にいられる事を幸せと感じ、どの瞬間も大切にしなさい。』と言う事だったんです。

以前、私は人前で表せない思いを解消するため、壁に向かって大声を出したりすることがありました。パールはそれが一番辛かったみたいです。そばに来てカリカリして「やめて、私が可愛いポーズをするからと心を落ち着けて。
とよく万歳のポーズをしてくれました。そのポーズを見て怒りが消え、思いっきり抱きしめる事が何度あったことか。でも時には、その可愛い万歳ポーズをもってしても、心を落ち着かせることができないことがあったんです。 その「あ〜ああああ!!」が何度か続くと、パールはポーズを取るのをやめ、隠れるようになっていました。私はパールに思いっきり甘えていたんですね。本当にありがたいことでした。そして、今はそのパールがいないのです。
『Be happy. Then your life will be happy.』 怒っている暇なんか無かったはず。一瞬一瞬を大切にしていれば、彼女の思いやりの有り難さが分かったはずです。

タオルの上はパールのお席。お気に入りでしたね。

1月は入退院の連続でした。彼女と一緒に病と闘った壮絶な一月でした。寄り添って寝るためベッドをやめ、床に下り、防水シーツの上にペットシーツを敷き。夜中に「ママ、トイレ。」とか、「一緒に寝たいから、おしりを乾かして。」とか、3時間おきのお世話でした。お世話が出来て本当に良かった。これも、私に後悔をさせないように頑張って生きて看病をさせてくれたのだと思います
ある夜中、パールは夜中3時に突然私を起こしに来て、シッポを立てフリフリしながら笑顔で私の顔をペロペロなめるんです。なぜかそのとき、「ママありがとう。もうそろそろお別れなの。」と言っているような気がして、「ええっ!ママまだ頑張るから、そんな事言わないで・・。」と大きな声で泣きました。
そしてまた出張。今回は福島へNHKの番組「きらり!えん旅」で被災地の今日を伺う旅で、最終日にはコンサートをする旅でした。
出発の前日、パールは吐いては点滴の繰り返しの中、酸素ルームに居ると呼吸が楽であることと、ママが出張時に迷惑をかけたくない気持ちがあったのでしょうか、入院を拒みませんでした。出張当日、朝に病院に見舞いに行き、スヤスヤ寝ているのを確認してから出かけました。
3日間のロケを済ませ、コンサートのアンコールも早々に新幹線に乗り、一路横浜の病院へ向かい着いたのは夜の21時。パールは立ち上がりショボショボした目で待っていました。精一杯の元気な姿で私を迎えてくれたんです。「パール、ごめんね。遅くなったね。」 私はパールを何十分も抱いてしばらくお互いのぬくもりを確かめ合っていました。
「明後日、退院できますよ。今は眠いのでショボショボしているけど。」と言う先生の言葉に励まされました。
なんて嬉しい事でしょう!パールがお家に帰れるなんて!早速、酸素ボックスを借りて、パールの気の休まるコーナーを作ってと・・・。このプランは私の心をウキウキさせてくれました。まさかこれが最後の対面とは思いもよらなかったです。

翌日、退院するパールの為にあれやこれやの買い物し酸素ボックスの配置や部屋作りに時間を取られ気がついたらもう20:30。外はすっかり暗くなり、天気予報は雪。あ〜、これで一人で横浜までいったら、雪の中戻れるかしら・・・。一週間前、東京を襲った雪が心を横切りました。様子を伺いに病院に電話をしたら「今日は来なくて良いって、パールが言っているから、明日からの看病に備えたら?」と返事があった。この言葉に甘えてなんと私は早々に寝てしまったんです。

朝、一仕事済ませて出ようとしたとき、病院から「病状が急変したので、急いで来て下さい。」と連絡がきました。
「なんで?退院じゃなかったの?」 急ぐ車の中、私の祈りは止まりませんでした。
急ぐ道の途中、ふと窓の外を見ると、空に駆けているパールの形の『雲』が出たんです。たった一つしかない雲。いま、逝ってしまった。もう間に合わないと感じました。
その予感は的中し、パールは私の着く30分前に息を引き取っていたのです。アニマル・コミュニケーターでもあるホリスティック獣医先生は、泣き崩れる私に「パールからジュディさんに、手紙を渡してと託されました。」と手渡されました。

ママの膝の上は大好き

「ママへ
私は初めて謝ります。
ごめんなさい。
昨日はママが私のためにお部屋を作ってくれたこと、獣医先生から聞いていました。
私はおうちに帰ってママにそれからみんなに手をかけて貰うのがつらいので・・・
これまでみんなが一杯愛してくれてお世話してくれたことを感謝しています。
私は病気になって辛い思いをしているだろうとママは思っているでしょうけど、パールはとても幸せだった。
その為に1つのことに向かって、一生懸命するということがすばらしいことだと、私もみんなもわかったし、ママがこれまで何に対しても一生懸命だったたこともわかった。

ラララ〜散歩、天国でも同じ?

私はママにそしてみんなに“ありがとう”と大きな声でいいます。
海の近くでお花畑をかけたこと、最後に、疲れていても頑張って来てくれたママのお膝の上が一番気持ち良かった、楽しかった、うれしかった。
でも、ごめんなさい。
パールはいつもいつもそばにいますから、呼んだらすぐに行きますから、ごめんなさい。そして、ありがとう。
いま、私をそっちへ戻そうとみんな一生懸命してくれているけど、今のこの場所がとても心地良いの、
パールは、みんなが幸せになるよう
ママが元気になってお仕事がいっぱいできるよう、
そちらに行ったのだけど・・・、
今は、気持ち良いところにいます。
安心して下さい。   パール」



この手紙に私は救われました。

パールは選んで、「ママの前で息を引き取らない。
と決めていたのだと聞きました。それは腕の中で息を引き取ると永遠にその感覚が残るからです。 なんて親孝行な子でしょう。私は最後までパールに守られていたのですね。
私が着いたときはまだ目を開けていました。まるで肉体の目でママを見てから旅立とうとしているようにも思えました。手紙を読み終えた時、パールはゆっくり目を閉じたのです。
そして、私への「心の準備運動」はこれで最終章を終え本番を迎えました。

ありがとうパール。
私は貴方のお目々が大好きでした。

2000年5月31日〜2013年1月28日
12年8ヶ月の生涯
上海の一葉奄の住持
釋 衍慈 大法師より法名を頂く.
法名: 卜 小康


パールは高い魂の持ち主だったんですね。
彼女は私の天使であり、守護菩薩であり、
パートナーでした。

ありがとうパール。
パールは今、私と共に居ます。
どこでもいつでも


ジュディ 2013/02/18



いつも一緒よね